2020年12月31日に寄せて〜深夜3時の狂気〜

「青春」と聞いて思い浮かべるものはなんだろう。

自分が打ち込んだものに思いを馳せると、青春を感じられる気がする。

キラキラしていて、楽しくて、だけど切なくて、どこか儚い。私は、感情の起伏が自分では制御出来ない、そんな胸のはやる気持ちを思い出す。

2020年12月31日。日本を代表する国民的アイドルグループ「嵐」が、一度その歴史の幕を閉じる。

 

私の好きなアイドルは、私の心の支えは、私の青春のすべては、紛れもなく嵐だった。

 

小学校高学年の頃。母の影響で聴いていたCDにその曲は収録されていた。男性にしては高くて、どこかクセがあって、そして澄み切った声で亡くなってしまった大切な人への想いを紡ぐその歌は、私の心を鷲掴みにした。

調べれば山のように出てくる情報。当たり前だよね、私が生まれた年にはもうアイドルとして覚悟を持って仕事をしてたんだもん。毎日毎日色んなサイトを駆け回って、動画を漁って。知れば知るほど面白くて、かっこよくて、可愛くて、尊敬できて、どんどん大好きになった。20歳も年下の私が可愛いって、今思うと笑えちゃう。

幼い私は、あなたが「アイドル」という「仕事」をしていることさえ上手く理解できないまま、まんまと恋に落ちた。

 

最初の数年間はただただ楽しかった。1年に1回会うだけであんなに強大なパワー貰えるって今考えると凄いよね。めちゃめちゃエンターテイナーだしあるべきアイドルの形だと思う。そして、正しいアイドルの推し方だったな。

 


私の純粋な心を掴んだあなたは、鎧の付け方も知らない純粋な気持ちを貪って浸透して依存させて立派なオタクを生み出した。めちゃめちゃお仕事してるじゃん、こちらの負けです。

 

 

 

時は飛んで2019年1月27日。

嵐は活動休止を発表した。

私は、バイトの休憩室でそれを知って、嘘だと思った。でも、涙は意外と早く流れた。

よくいるじゃん、信じられなくていつまでも涙は流れなかった。とか言う人。

死にそうになりながら、バイトのトイレに閉じ籠って友達に泣きながら電話をかけて。

すごく心はザワザワしているのに、私は涙流れるタイプだったんだなあ。なんてどうでもいいことを、頭の片隅で何故か冷静に見つめている自分もいた。

 

正直、休憩後のバイトの記憶なんてない。ただ、唯一覚えているのは、店長がなんの悪気もなさそうに『廣瀬さん、嵐活動休止なの?』と聞いてきたことだけ。本当に、自分がそこまでのめり込んだことがないと、相手の気持ちに立ったところでそこまで思考が追いつかないのかな、と思った。

 

家に帰ってからも、泣いて泣いて泣いた。携帯もテレビも見たくなかった。どんな情報が入ってきても、自分の体が受け付けない自信だけがあった。

でも、何故かこれだけは見ろ!と母に勧められて、ミスターサンデーだけは見た。

もともと、ミスターサンデーは(というか個人的に宮根さんが)あまり好きじゃなかったから、好き勝手言われているんじゃないかと思って、見たくない!と泣き叫んだ。でもめちゃくちゃ無理やり見させられた。

 

その会見は、活動の休止を報告するとは思えないほど、とても暖かくて、穏やかで、優しかった。

私の大好きな嵐が、そこにいた。

本当にあの会見だけは後世に語り継がれるべきだと思う。活動休止を知って、希望を失った大量のオタクをあの会見はいとも簡単に救った。悲しみがゼロになるわけじゃないけれど、あの会見と同じように穏やかな気持ちになることができた。すごいよね。だって、こんな会見みたくない、って泣き叫んでた女子高生が、途中から笑って見てるんだもん。私は語彙力がないから、うまく綴れないけれど、あの日は私が生きてきた中で、いちばん嵐が嵐らしかった日だと思ってる。相手を思いやる気持ちで包まれた会見だった。嵐も相手を思いやる気持ちで包まれたグループだと、思っていた。

 

活動休止を知ったときは、これが人生のどん底だと思ったけれど、違ったらしい。翌日、私はそれを体感した。1度も話したことがないような人からのLINE。街中の人の適当な意見を切り取って国民の意見かのように放送するWS。ちゃんと知りもしないくせに私も悲しいよ、と主張して話しかけてくる人。あのね、わからないと思った?今まであなたから嵐なんて言葉、聞いたことないんですけど?そう言ってやりたかったけど、そんなこと言えるわけもなく、ただただ世間の荒波に揉まれた。本当に、ただ話が聞いてみたいだけなの!って顔に書いてあるからやめたほうがいいよ。面白がってるのバレバレだから。好奇心に溢れた目ってめちゃくちゃわかりやすいから。

純粋に心配してLINEしてくれる人の方が厄介だった。うん、ありがとう、心配してくれて。でもね、それに返事ができるほどの心の余裕がないんだ。落ち着くまでは、自分の心の中にこの出来事を着地させるまでは、今まで楽しいとき、嬉しいとき、悲しいとき、悔しいときを一緒に過ごしてきたいつものオタクたちと、心の整理をつけたかった。

 

毎日泣いている私を見て、父親に『お前のせいで家族の絆が壊れる』って言われたこと、多分一生忘れない。わかるよ、そんなの私だってわかってる。ずっと辛気臭い顔してだらだら泣いてたら、鬱陶しいのはわかるんだけど、傷ついてる心に塩水はいつもの10倍染みた。

 

だんだん活動休止が話のネタにならなくなって、オタク以外は活動休止の衝撃を忘れた頃、And moreの当落が出た。私は人生で初めて、公式以外にお金を払った。ダメなことだってわかってたけど、初日が名古屋という誘惑には勝てなかった。ごめんね、お母さん。

 

活動休止発表後、初めてのライブはお葬式みたいになっちゃうのかな、なんて思ってたけど。嵐の力は偉大だった。あんなに楽しいライブ、初めてだった。最近はみんなの声が小さくて、遠慮して全力で出来ないことも多いC&Rを、あの場にいる全員が全力でして、嵐もそれに応えるかのように煽ってくれる。

楽しかった。単番とか、席とか、どうでもよかった。楽しくて楽しくて、嵐が、嵐の二宮和也が大好きだった。嵐を好きでよかったと思ったし、私は嵐にこんなに幸せにしてもらえるんだぞ!って世界に自慢したかった。あのライブの高揚感は、本当に最初で最後だと思う。入ることができて、本当に良かった。

 

運良く、ワクワクも二日間当たって、ついつい潤の誕生日も積んで。クソセトリだなんだと言いつつ、5×20を純粋に楽しんでた。今まででいちばん嵐のオタクをした年だった。なんだかんだで結局嵐大好きだわ、なんて、調子こいていた。

 

 

 

 


 

同年11月12日。

私の担当、二宮和也が結婚を発表した。

 


もう、何回書いても備忘録になるし、担当が結婚した人にしか結局分からないとかクサイこと思うから諦めるけど、自分の中で相反する気持ちがぶつかりあうことの苦しさを知った。

 

その頃、とうとう私は田中樹と出会った。

最初は正直勢いだけだった。二宮和也から逃れたかった。他のものに夢中になれば、楽になれると思った。

 


まだ推すこと、お金を出すことに迷いがある頃から強がってグッズを買った。映像ものを見ることが苦手なこの私がYouTubeを全部見た。

 


人は、追いかければなんでも好きになれることを知り、どんなに好きでも追いかけなければ爆発するような好きを感じないことも知った。

 


毎週絶対に見ていた冠番組をリアタイしなくなり、「未」の文字がついた録画が増える。

確かに顔を見たら好きだと思ったし、思い出して苛立ちも覚えたけれど、今までのそれとはどこか違っていた。

 


そして、その頃から私の中で不動だった嵐そのものの目指す先もぼんやりと分からなくなった。

 


rebornにモヤモヤが止まらなくて、共感が欲しくて開いたSNSに賞賛の言葉が散らばっているのを見た時、ようやく自分自身が嵐のターゲット層から外れた事を悟った。

 


あぁ、最近の違和感はこれが原因だったんだな、と思った。海外に進出して欲しくない訳じゃない、やりたいことは応援したい。全肯定オタクだったし。でも、残りの期限が迫る中でやることじゃないと思った。そのズレは残り1年間を変えるくらい、私にとっては大きなズレだった。

 

冠番組だけじゃなく、ファンクラブ用のコンテンツも追わなくなっていった。ワクワクなんてお金払ったのに見なかった。

この頃には、意地ではなく田中樹が好きだったし、二宮和也を摂取しないことにも慣れてきていた。

 


コロナが無ければ今どんな気持ちであなたを見ていたのかな、と時々思う。

もしライブがあったら。もし生で会える機会があったら。もっと好きで好きでしょうがないままで年末を迎えてたかな。

ちゃんと追いかけた方が良かったのかな。追いかけずに少し穏やかにお別れできて良かったのかな。どっちが正解なんて無いし誰にも分からないけど、追いかけないを選んだから、もう少し追いかけても良かったかなって思うよ。ずるいな。

 


ずるい男だな。終わりが近づいてしんみりした空気になると、すぐにふざけて笑いに逃げるくせに。大好きな相葉くんに頭撫でられただけで泣いちゃうなんて。心擽られちゃうだろ。ここ1年間くらいずっとビジュいいし。やっぱり好きだ、って勘違いしちゃうでしょ。

 


金の亡者キャラだけどさ、もう沢山稼いだだろうし、21年もほぼ年中無休状態で働いてきたんだからさ。美味しいご飯たべて沢山寝て、ゲームに没頭してゴロゴロだらだら思う存分怠けた生活して。自分本位に生きてみてほしいな。

 

 

 

 


 

大好き。大嫌い。忘れない。ありがとう。

 

もう一生あなたを応援することはないけれど。

幸せになって欲しいと、心の底から願っています。

 

愛してる。